奈良・法隆寺吟行記
平成19年10月14日 林 雄次郎
この日、14日(日)は、前夜における雨模様の天気予報は外れ、薄雲から日差しが洩れる、吟行日和となった。
句友の方々は、集合時刻の余程前にJR大和路線・法隆寺駅に来られている。熱心なものである。
多くの方が歩いて行くと言う。皆さんお元気である。ならば、法隆寺の南大門にて、一同集合との主宰の指示を受け、それぞれ目標に向った。
桜紅葉一望にして歴史道 道子
我々は、タクシーを利用して行き、法隆寺の南大門へと続く参道を歩く。300メートルはあろうか。
両側は、松並木で深い緑に覆われ、枝先には可愛い新松子が顔を覗かせている。枝の合間から差し込む日差しを浴びて、下草が輝いて見える。
山内へいざなふ並木新松子 幸子
遠くから、祭太鼓の音が聞こえてくる。この斑鳩の里の秋祭であろう。南大門に集合した参加者は、22名と数えられた。
法隆寺の玄関に当たる南大門をくぐり、正面に視線をやる。中門と五重塔の上部が目に飛び込んでくる。この景は圧巻である。
くつきりと卍崩しの塔の秋 舟津
初めての人は、感動して目を見張る。再来の人は、思い出をダブらせながら歩く。カメラには、実に優美なアングルである。
今は修学旅行の時期で、混み合うと聞いていたが、日曜のためか今日は、空いているようである。
中門は、西院伽藍への本来の入口となる。左右に立つ金剛力士像の隆々と盛り上がった筋肉には、追力がみなぎっている。吽像の頭は鎌倉時代の塑像である。しみじみ見上げる。
白鳳の伽藍を今に秋高し 濃菊
一般には、この門は通れない。我々は歩を左にとり、拝観料の徴収所前に集まった。「団体割引き」での入場を予定していたが、25名に満たなかったので、それは断念した。
係員に拝観の概要説明を願い出たところ、ボランティアの方が快く受けて下さり、説明は大変上手で大いに参考になった。
回廊に立って見る伽藍は、まるでモノクロの巨大な画面が覆い被さってくるような、威圧を感じた。
五重塔は、優美な曲線で構成されている。より近づくと、伸びやかに天を突く美しさを見て取ることができる。又露盤より挿頭している鎌は他に類を見ない。雷火、邪気を沸うと説明があった。
秋天に鎌をかざせし塔五重 ゆたか
又うしろの扉からはお釈迦様の涅槃像を拝む事ができる。金堂は威風堂々、どっかと位置している。
軒が兎に角深く、勾配が急で反りも強く、引締った感じであり、軒を支える竜の柱は江戸時代のものとの事。堂内に、法隆寺の本尊釈迦三尊に十体ほどの佛像を安置する聖なる殿堂である。
白鳳の仏と共に秋しばし 良一
続いて大講堂を拝観した。他の堂塔もそうであったが、仏像が安置されている所は、とにかく暗い。目を懲らし、探し当てた所に、威厳の仏像がこちらを見据えておられる。
澄む秋や太子の祈り紡ぐ寺 幸恵
暗さが尊厳・神秘を醸しているのかも知れない。大講堂には、薬師三尊、薬壷の薬師如来に日光月光菩薩ほかが安置されている。
釈迦薬師阿弥陀如来の寺さやか 窓城
この堂を出てすぐ横に、句友の方が集まり、奥の斜面を見やっている。寄って見ると、なんと、桜がちらほらと咲いている。この時期に咲く桜は、四季咲きで特にこの時期のものを十月桜と呼ぶ。
堂裏にひそと十月桜かな ゆたか
我々の足取りは、この辺りで11時を過ぎてしまっていた。必見の大宝蔵院と夢殿を、まだ残しているのだ。主宰から先を急ぐようにとの指示があった。
大宝蔵院へと向かう途上、唐突に鐘の音が響いてきた。そう遠くない所に鐘楼があるようだ。
柿秋や子規も聞きたる鐘の鳴る 佐知
大宝蔵院への経路の左前方は、塀もなく視界が開けている。そこには、色づいた柿の実が枝を垂らし、又すっかり紅を薄めた曼珠沙華が、深まる秋を告げていた。
長土塀沿ひてとびとび曼珠沙華 徹
大宝蔵院の建物は、今日見る伽藍のうち、唯一、鮮やかな朱に彩られている。
院内に展示された、白鳳時代の観音像の数々は、いずれも、ふっくらと優しい表情・伸びやかな立ち姿で、拝観者を魅了する。圧巻は、身の丈2メートルもの、八頭身の百済観音像である。
エキゾチツクな趣が漂うこの立像に、多くの人が魅入り、暫くは動けずに見入っている。
膨大な寺宝収めて寺さやか 澄子
夢殿は、東大門をくぐって200メートル余の所にあって、両側に土塀を配した広い経路を歩く。通りの左側は、桜並木が続く、今が盛りの紅葉が、地昧な美しさを表現している。
夢殿へ桜紅葉のつづく道 律子
夢殿とは、響きのよいネーミングである。夢殿は、太子信仰のメッカとして発展してきた。回廊に囲まれた建物は、八角円塔で、屋根のてっぺんに宝珠をいたたいている。
夢殿の八角甍秋日和 勇
塔内には、聖徳太子等身の秘仏かの有名な救世観音像が安置されていてどの堂塔よりも古び、寂びを濃くし、神秘的な雰囲気に包まれている。
並べある卓教典に秋日差す 幸恵
今日は厨子が閉ざされ、拝す事ができなくて残念でしたが、この22日から開扇されるとの事でした。
夢殿から引返し、子規の句碑に立ち寄る。有名な
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
で、碑は、鏡池の片隅に、ひっそりと建っている。句友の方々は、じっくりと見込んでおられた。
我々は、最初の南大門前に戻ってきた。既に正午を過ぎていたが昼食には事欠かない。参道沿いに、お土産店を兼ねた食堂が軒を列ねている。
昼食を済ませ、参道に出てみると、斑鳩の秋祭の神輿三台が、南大門前まで繰り出してきていた。少年らのハッピ姿が可愛いかった。
太子さま出でませ里は秋祭 ゆたか
句会場の法隆寺iセンターは、法隆寺門前に位置していた。ここの建物は、斑鳩の里の民家をイメージした造りであり、法隆寺吟行を締めくくる句会場として、相応しい雰囲気で安堵致しました。
句会は、午後1時30分締切で始まった。披講後は、主宰の仏像の関する講話があり、続いて句評をいただいた。
国宝の像から像へ秋ひと日 雄次郎
今回の法隆寺吟行は、「歩け歩けの吟行」という感が残ったかと思いますが温故知新。句友の皆様お疲れさまでございました。これに懲りず、以後の吟行へのご参加方、よろしくお願い申し上げます。
歩け歩けとは法隆寺柿の秋 浩