生駒・宝山寺吟行記
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平成19年4月8日  門田窓城
 
 引鶴恒例の4月吟行は8日(日)で奇しくも仏生会に当り、事前に種々吟行地を当ったけれども、当日が第一次全国統一地方選挙の日と重なり、句会場が投票所に使はれる所が多く、生駒の聖天さんとなった。
 
 御存知の通り生駒の聖天さんは都史陀山宝山寺が本名で生駒山の中腹にあって、現在は近鉄生駒駅からケーブルかタクシーで登る。
 
 この地は役行者、弘法大師空海の修業場とも伝へられ、弥勒菩薩の浄土とも考へられていたこの地に、1678年宝山湛海が歓喜天を祀って無動寺と称したのが始まりと云う。
 
 正しくは大聖歓喜天と称へ、私達が持つ現世の願いを余すところなく叶へて下さる霊験あらたかな奠天で全国から人気、商売の神様として信仰を集めているとパンフレットにあります。
 
 当日は近鉄生駒駅9時半頃、集合次第自由参拝、吟行自由で、ケーブルで登る人、タクシーで登る人等グループ行動である。
 
 私達は近鉄難波駅発8時50分、生駒駅からケーブルに乗り、宝山寺で降りて表参道に入る。と右手に桜の大本が満開の傘を広げて迎えてくれる。参道は緩い登りの時折階段のある石畳である。比較的楽に登れる。
 
花万朶ゆるき坂道門前町 佐知
  
灌仏の日の吟行に御寺訪ふ 徹

 門前町はきれいに清掃され、各戸の玄関先にはいろいろな鉢植が置かれ、やっと芽吹いているもの、既に葉を繁らせているもの、珍しい花をつけているもの色とりどりでなかなかの風情、流石聖天さんの門前町である。
 
 ふと気がつくと前方の高い階段の上に大きな石の鳥居が立って、大き注連が掛かっている。神仏混合の名残りであろう。続いて惣門で扁額には般若窟とあり薬医門である。
 
 そしてすぐの所に中門があって、くぐれば境内、さまざまの堂塔がずらり。すぐ右の宝塔につづいて本堂、御本尊は不動明王で、脇侍は制多迦童子が控へる。
 
 何れも開山湛海律師の自作の像との事でした。既に護摩火が焚かれていて、低い声の読経が流れている。二、三の信者が神妙に護摩木に願い事を認ためられている。

 お隣が拝殿で沢山の灯明が炎を揺らせていて、奥に大聖歓喜天が祀られ、心を込めて礼拝。余生安からん事を願ひ祈った。この御堂が八棟造で有名なこの寺の中心的建物ではなかろうか。
 
惣門といふ春風の通り道 雄次郎
   
珍らしき八棟造春の風 静代
  
本堂の屋根が遊び場雀の子 公枝
 少し戻って般若窟を仰ぐ。遠くてよく見えない。近くへ行けないかと聞いてみたが、今は道を閉ざしていると云う。大きな岸壁の下方に岩屋が見え仏様が座しているお姿がどうにか見える。そして右下方の山桜が一本花を咲かせている。

 この岩屋には役行者が梵本の般若経を納めたという云い伝えがあってそれに因むと云う。又岩仏は弥勒菩薩であるとの事で光背もしっかりしているとの事であった。
 
窟仏山鴬を欲しいまま 窓城
  
窟仏不動の形に風光る 義男
   
一トひらの花散華とも般若窟 恭生
 
 次は奥の院であるが、途中文珠堂、地蔵堂を径て多宝塔に佇つ。眼下に奈良市街と思はわる街か展け、左手には窟仏を斜めに望むことが出来る。
 
花の風絵馬からからと文珠堂 寿美
    
文珠堂一灯瞬く花曇 美智子
 
 多宝塔から水掛地蔵、大師堂を経て奥の院へ至る。道の両側に供華の絶えない石仏の道が奥の院への石段の道である。少々疲れが出て脚がなかなか前へ進まない。
 
 立ち止ると早速、鴬がきれいな声で鳴いて励ましてくれる。周囲は杉林で深山を思はせる様な静けさである。やっとの思ひで奥の院に辿り着いて延命水で命をつなぐ。
 
 再びの元気が湧く感じである。延命水のすぐところに句碑があって馬酔木が眞白の花を垂れている。

 奥の院本堂には開山の湛海律師像が祀られ、その後ろは開山廟である。時折の鴬が清浄、静寂を奏でる如何にも奥の院である。
 
花冷の瑞気漲る奥の院 不二子
   
石仏の磴鴬のしきり鳴く 惠以
  
奥の院詣で仕合せ若葉風 とも江
 
 それぞれ昼食をすませ、句会場のコミュニティーセンターに定刻1時30分には集合、和かな句会となり、仏生会の椿寿忌の花の吟行句会を終へた。

 御参加の皆様御苦労様でした。有難うございました。
 
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宝山寺が紹介されているホームページ
https://www.hozanji.com/