蓮の寺/法金剛院吟行記
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平成18年7月9日  門田窓城
 引鶴恒例の吟行は毎月第2日曜日で7月は9日である。吟行地は、京都・花園の花の寺法金剛院で、参加者は26名である。
 
 この法金剛院は平安時代に右大臣清原夏野の山荘をその死後、寺に改め双丘寺と称したのが最初で、その頃から珍花奇花が植えられ諸帝の行幸があったと伝えている。
 
 その後平安時代末、鳥羽天皇の中宮の御願で再興、法金剛院とされ、院が勢力を背景に広大な寺地に大池を囲み、寝殿造の邸宅や伽藍が立ち並び華麗を極めたとあるが、その後荒廃。
 
 中世に至り融通念仏の円覚上人によって再興され、現在は律宗、唐招提寺に属している。山号の五位山は、元は内山と云った背山に仁明天皇が五位の位を授けられ、その後五位山と呼ばれている事に因んでいる。
 
 寺苑の順路に入る。正面右には待賢門院桜の名の枝垂桜がすでに葉を繁らせ、左には沙羅の木が今を盛りの奥ゆかしさの花を咲かせ、芝には落花が風情を保って、掃かでおく思いやりを見せている。
 
 この順路の左右は異る種類の花を配しているのも花の寺としての趣向であろうか。先づ片方は紫陽花が遅い花の薄紫や薄紅の毬を掲げて続き、片方は大鉢の花菖蒲が草臥れた花を垂れている。
 
 大鉢の大方は蓮で、ごく稀には葉蔭に開きかけた花があるが殆んどは繁った葉蔭にこれからと思はれる蕾が背伸びしようとしている。
 
 鉢の表札には生国が記されていて、アメリカ、印度、中国等世界の蓮が集められている。アメリカ産の黄色はスローカム、中国産は紅のぼしの酔姫蓮、舞姫蓮で優雅な花を開くであろう。
 
 順路は池泉廻遊式浄土庭園と云はれる庭に入っている。左手に方丈と思はれる礼堂があって、階段を上り、靴を脱いで廻廊を後ろに回ると西御堂である。
 
 御本尊は丈六の阿弥陀如来が八角九重の蓮華座に坐して上品上生印を結んで居られる。二重光背や台座の彫刻は実に繊細である。
 
 繊細豪華と云えば十一面観世音菩薩像で、仏身は粉溜塗、鳳凰の盛上彩色文、截金文とか案内されているが、とにかく細やかな金属工芸品で荘厳である。
 
 又その厨子の八葉蓬華の天蓋、三方開きの扉には十二天、背板には三十三身応化図が画かれていると云う。何れも繊細豪華な美術工芸品である。
 
 もとの礼堂に戻る。壁面は余すなく花の写真で圧倒される。部屋の奥には座机が置かれ扇風機があって、スイッチを入れると涼風を送ってくれる。外は一水に突き出た舞台風の納涼台であるらしい。
 
 下り口階段の上に立つと庭園が一望である。蓬は少し早いせいで自蓬が池を覆ふ葉を抜きん出て開いているのは二つ三つであるが、まこと形よく極楽浄土の蓬華である。
 
 庭の順路に従ってゆくと石仏のなぞへにぶっかる。最上位は大日如来像で多くの石仏が待る様に祀られている。更に庭の奥へ進むと樹蔭も深く、涼しいと思っていると騒くような水音が聞える。滝である。
 
 平安末期の庭園の遺構に創建当時のまま復元されたとの事、巨岩の石組に対して水の細やかなやさしさ、「青女の滝」とは当を得た命名であり、待賢門院の人柄が偲ばれる。
 
 極楽浄土を模した庭の蓬の池を巡る。庭の大方を占める池は蓮の葉が溢れんばかりで、風情の島も葉に囲はれ、島へ渡る橋も葉を分けねばならない。蓬の花の上品で清楚にして華麗豪華さ偲ぶに充分である。
 
 また葉の中央の露も風情だし、時折鯉が水を濁しているのも面白い。この寺に来て蓮の花の盛りには早かったが、紫陽花、沙羅、花菖蒲、重文の数々等句材に事欠かない豊富さは価値ある吟行であった。
 
 句会場は妙心寺会館の花ごころの掘炬燵式和室が用意されている。ゆったりと松花堂弁当で満足し、いつもの通り句会となる。次回も多数の御参加をお待ちします。
 
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法金剛院が紹介されているホームページ
https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=7&tourism_id=459