梅花藻とカバタ吟行記
平成19年7月8日 野田ゆたか
俳誌「引鶴」の吟行句会は毎月第二日曜日に近畿一円のいずれかの地で開催される。
7月は8日に貫野浩先生のお世話により、「梅花藻」と自家用湧水を利用した炊事、水回りの「かばた」で有名な滋賀県高島市新旭町の旭地区・針江地区一帯で開催された。
寺に句座ひと日の安居こころかな 佐知
当日は、午前十時に参加者がJR湖西線新旭駅に集合した。新旭駅は、京都駅から快速電車で四十五分、自動車では京都東インターチェンジから湖西道路、国道一六一号線を経て約一時間の地にある。
吟行地の旭地区・針江地区は、駅の東方約一キロメートルの地にあり、句会場となる旭地区にある霊薬山正傳寺のご住職がマイクロバスを運転されての出迎をいただいた。
遠く来し里は花藻の今盛り 輝子
駅からお寺までは、梅雨晴とも梅雨曇ともとれる天候の青田の中を進み、車内で貫野浩先生から吟行地の梅花藻などの状態や日常の暮らしの中にある「かばた」などについての話をお聞きしているうちに正傳寺に到着した。
正傳寺は、曹洞宗永平寺直末中本寺格、寺歴五百年弱の由緒正しいありがたいお寺で先ず、本堂のご本尊の釈迦牟尼仏さまを参拝し、たまたま開扉されていた薬師堂の秘仏の薬師如来さまを拝観して吟行がスタートした。
大津絵の額の涼しき正傳寺 公枝
御好意の秘仏開扉の堂涼し 美和子
御堂を出て、淀みなく流れている厨や、寺苑脇にこんこんと湧き出ている「かばた」、湧水を受けて作られた「亀の池」、寺苑の半夏生草など夏の草花、或いは二百余年前に建立されたと云う立派な四脚の瓦葺の山門を拝見した。
その後、山門を出て旭地区から針江地区へと吟行の歩を進めた。
山門に梅花藻咲かす寺の格 宮子
この地区は、地下二十メートルあたりに比良山系から琵琶湖へ流れる伏流がありパイプを打つと、豊富な湧水を得ることができる。
湧水は、古くから生活水として利用され、屋内に引いたものを「内かばた」、屋外のものを「外かばた」と呼んでいる。
かばたてふ針江文化を守る噴井 窓城
針江地区では約二百三十軒のうち約百軒が「かばた」を利用している。「かばた」は、湧水口から数段に分けて水を溜め段順に流す構造となっていて、洗顔・調理・食器洗いや洗濯、夏には西瓜や麦茶などを冷やすのに利用さる。
一番下の段は、鯉や鮒が飼われ、洗った食器の残飯が餌となっている。
噴井とはこんなに心豊かにし 恭生
かばたは、漢字では「川端」と書くが、「かばた」との呼名は、この地域独特のものであり、他地域の人に漢字で「川端」と書き「かばた」と三音で読ませるには無理があり、作句表記に当たっては仮名書きにする詠者が多かった。
冷す瓜ぐるぐる回るかばたかな 徹
各家庭の「かばた」から流れ出た水は、網の目のように各家庭をつなぐ水路を経て琵琶湖に流されている。地域では水路の藻を定期的に刈るなど水路の美化に努められており、水路は常に清流の状態が保持されていた。
藻刈棹引っ込め道を譲らるる 恭生
この水路は、場所により異なるが幅が平均約一メートル、深さが五十センチ位で雨水路を兼ねているようだが、常に定量の水流があるという。
、琵琶湖から体長十センチ位までしか成長しないという湖鮎が遡上してきて群れていたほか、河むつなどの小魚、川蟹、川蜻蛉などが見られた。また水路には梅花藻が可憐な花をつけて流れに沿って揺れ光を返していた。
藻の花の流れゆらげし光かな ゆたか
梅花藻は、キンポウゲ科の水草で直径一センチぐらいの小さな梅に似た白い花を水中で咲かせ、時に、花を水面に顔をのぞかせる多年草で、花の形からこの名がある。この梅花藻は、清流にしか生息しない。
伝統俳句では「藻の花」が季題で、「梅花藻・花藻」が傍題とされている。
また地域、地方によっては九月ころに咲く梅花藻があるが、単に「藻の花・梅花藻・花藻」と詠むと夏の題となる。
梅花藻の意外に小さく可憐なる 美和子
お寺を出てからは、梅花藻のほか金魚藻などの水中植物、路傍の夏草の花、芋水車仕掛、以前は水車小屋が有ったと思われる場所に水輪だけが回り続けている水車などに立ち止まり句を詠みつつ生水川岸に出た。
梅花藻の流れに沿ひて吟行す 不二子
梅花藻に細き水路の続きをり 頼江
苔鎧ひ水車ゆるりと水涼し 宮子
生水川は、流域幅約五メートル、水深約五十センチで流れがやや速く、水面を覗き込むと、藻の花の盛期は過ぎていたが梅花藻などの緑が美しく、川岸や橋上に観光客、カメラマンらの姿が見えた。
川の中には子供が手網を持って小魚を追っており、川上から大きな発泡スチロールに乗って子供が下って来るなど子供の遊び場となっていた。
手作りのボートに興ず水遊 恵以
手網の子供を見ていると、網を下流に沈め、石の間や藻の中の小魚を追い出して掬いとる動作を繰り返していたが、魚はなかなか捕れず、やっと捕れた一尾を覗き込むと湖鮎であった。
危険を感じると上流に素早く逃げる癖のある鮎を下流に仕掛けた網でよく捕れたものだと感心する。
捕まへし鮎一匹をみな覗く 浩
旭地区・針江地区を一通り見せていただいて正午に正傳寺に戻り、外かばたで冷やされたお茶で昼食をいただいた。その後の句会は、午後一時十五分出句締切で始まった。
披講後は、主宰から句評とともに選外句の問題点を示すなど指導をいただき、嘱目吟詠句の推敲の重要性を再認識するなど有意義な吟行句会であった。
藻の花や旅路はるけし俳句道 ゆたか
ご参加者の皆様ありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。
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